家を買ったと同時に子どもたちが産まれて人生が一変

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家を買ったときと同じくして、子どもたちが産まれました。

子どもたちには、障がいと重い病気がありました。


医師や看護師からは「おめでとうございます」といわれるのですが、遠い世界のように思えました。


新居に新しい命を迎えるどころか、産まれてからすぐにNICUに運ばれ、入院の手続きとなりました。


チューブにつながれている子どもたちを恐る恐る触りながら、本当にこの子たちは生きていけるのだろうかと思いながら、仕事が終わると毎日のように交替で妻の母乳を届けるために病院に出かけました。


病院では、手をよく洗って、消毒して、帽子と白衣をまとって、NICUに入ります。

他にもいろいろな事情でNICUに入っている赤ちゃんとその親が、電子的な音のする空間の中で、ただ静かな時間を過ごしていました。

ときどきどこかの赤ちゃんがもぞもぞ動いて計測していた計器を外してしまって、赤い光とともにアラーム音が響きます。

このまま時間が止まるのではないかと思うくらい、静かな時間です。


病院から帰ると、現実に引き戻されます。

毎日、毎日、やることに追われて、この先どうなるのだろうかと思いながら、日々過ごしていました。


とりあえず、妻が働けなくなることも覚悟しました。

住宅ローンの返済ができないことが頭に浮かびました。

何度も何度も浮かびました。


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・・・なんとか退院して、ようやく新居に迎えることができた時には、季節が変わっていました。


テレビドラマや小説とちがって、人生というのは連続しています。


「はい、ここで最終回です」ということはなく、ただ、朝がきて、昼がきて、夜がきます。


子どもたちに障がいがあることは、日に日に思い知らされることとなりますが、実は夢オチだったとか、そんなことはありません。


ただ、今日もはじまり、働いて、働いて、働いて、夜中も1時間もしないうちにどちらかの子どもが泣いて、起きてをひたすら繰り返しました。

つきつけられる現実とお金の重要性

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子どもたちに障がいがあることが分かってから、1年が経ちました。

通常の1歳児にできることは、ほぼできません。

最初は、障がいといっても軽い程度であれば、大丈夫だろうと思っていましたが、その後の発達の状況を見ていると、全然軽そうじゃない・・・。

まあ、なんかやっぱりそうかあ、となかばあきらめの気持ちもありました。

事前に買っていたいろいろな本や同じ障がいをもつ親の書いたブログを読んでいて、その様子よりもさらに重度であることがわかってきました。


療育手帳も取得しました。


療育手帳を取得するかどうかは、いろんな意見がありますが、「金銭的な負担」という面から言えば、私は必ず取得することをおススメします。詳細は、次の記事に書いています。

⇒ 「療育手帳」は取得すべきかという質問への1つの考え


障がいの程度に応じて手当ももらえますが、我が家では、生まれた時から全部貯金しています。

出産祝いも、お年玉も、誕生日のお祝いも、七五三も、お金でもらったものはすべて貯金していて、1円も使っていません。


住宅ローンの返済には、絶対につかわないという覚悟で、今でもそうですが、手当が入ったらすぐに子どもたち名義の通帳に移しています。


自分たちは既に30年先を生きている以上、一緒に最期までいることはできません。

親戚を頼るのもどこまでできるかわからない以上、お金をもっておくにこしたことはないと思いました。


このブログでは、お金に関する考え方をいろいろ書いていますが、私の場合は、子どもたちのことがあって、まずはお金について考えないといけないと感じたのがそもそもの理由です。

繰り返される入退院生活

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2014年3月に、子どものうち1人が病気の手術をしました。

半日がかり。

死と隣り合わせでした。

12時間、生きた心地がしませんでした。


退院してからも、1年間の間に肺炎や気管支炎などがあり、合計5回入院したので、おかげさまで、すっかり入院はベテランです。

状態がおかしいと思って病院に連れて行ったところ、今日から入院ですと何度言われたことか。。。

会社にかけ合って休みをもらったりと、毎日がいろいろなものとの戦いでした。


その間、妻が仕事に復帰しました。

これは正直、驚きました。

もう無理じゃないかと思っていましたが、妻はさも当たり前のように職場復帰しました。

もちろん、そんなに簡単な話ではなく、毎日が戦いで、仕事でつらいこともあるはずですが、今日も1日がんばって働いている妻です。


しゃべれないけど、歌えるよ。

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子どもたちは3歳になりましたが、意味のある言葉をしゃべることは、できません。

そもそもようやく歩けるようになったかくらいです。

1歳相当、いや、1歳未満でしょうか。そんな感じです。

宇多田ヒカルさんの歌に「ぼくはくま」という歌があります(JASRAC許諾済)。
ぼくはくま くま くま くま

車じゃないよ くま くま くま

歩けないけど 踊れるよ

しゃべれないけど 歌えるよ

ぼくはくま くま くま くま 
歩けないけど踊れる、しゃべれないけど歌える・・・どういう状態だろう?と、この歌をNHKで流れているのを聞いたときは、不思議に思いました。



まさに我が家の子どもたちが、歩けないけど踊ることができる、しゃべれないけど歌うことができる姿を見て、ああ、この子たちは、この子たちなんだな、と思いました。

私は、「幸せの定義」を変えた。

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そもそも、子どもたちが生まれてきてから「幸せの定義」を変える必要がありました。


例えば、子どもたちが大学に行くことが幸せであるとすれば、このままこの子たちが大学に行ける可能性は限りなく低い、という現実があった時に、私たちは不幸なのでしょうか?

幸せの定義が、「子どもたちが大学に行くこと」であれば、そうでしょう。


しかし、子どもたちが大学に行くことが幸せだと決めたのは、自分ではありません。

「大学くらい出なければ」という大多数の思い込みです。


したがって、子どもたちが大学に行かなかったとしても、それが不幸だと自分が定義している限りは不幸ですが、幸せの定義を変えてしまえば、そうはなりません。


まあ、強がりみたいなものかもしれませんが、心が折れそうになると、私は、この幸せの定義のことを思い出します。


「幸せの定義」は、他人が決めるものではない。

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7月26日、大変痛ましい事件が起こりました。


そしてこれは、決して他人事ではありません。


あのテレビの向こうにいた、19歳のお嬢さんを亡くしたお父さんの気持ちを考えると、同じ重度の障がいをもつ子どもたちの親として、本当に心が痛みます。


考えていただきたいのは、幸せの定義は、他人が決めるものではないということです。


他人がふりかざす正義にもなんの価値もありません。

それと同じように、幸せとは、押しつけられるものではないということです。


幸せとは、「自分」で決めるものです。


亡くなった方のご冥福を心からお祈りするとともに、怪我をされた方たちの1日も早い回復をお祈りします。


nerona


追伸

この記事を真っ先に妻に読んでもらったら、「なんだか一部誇張されている気がするけど、少なくとも子どもたちは元気にやってるから、最後は明るい話題にしたら」というアドバイスをもらいました。


最近の子どもたちは、元気に保育園に通ってプールでもばしゃばしゃ遊んでいます。

ここしばらくは入院とは全く縁はなく、風邪もほとんどひいていません。

マイブーム(?)は「みかん」。
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パパとは言ってはくれないけど、「みかん! みかん!」とオレンジ色の物体は、わかっているみたいです。


・・・って、自分、みかんに負けてるのか。。。

ライバルはみかんです。